府中地区保護司会 吉野 博文
北多摩北地区保護司会 東村山分区
佐藤 玲子
バージニア・リー・バートンという絵本作家をご存知でしょうか?最初は自身の子供たちのために絵を描き始め、1930年代から60年代にかけて絵本を製作しました。彼女が製作した多くの絵本は、アメリカ絵本の古典に数えられています。
バートンの代表作のひとつに『ちいさいおうち』(“The Little
House”)があります。この絵本はアメリカで1942年出版され、日本では1954年に初めて石井桃子訳によって発行されました。2019年に改版され70刷近いロングセラーです。私は小学校の頃、学校の図書室で手にして読み、絵本の中で一番印象に残っています。娘が幼児のころ読んであげたときに、内容がやや難しくきれいな絵だけを手で追っていましたが、自分で読めるようになると、あらすじや感想を言えるようになったのを思い出します。
ご存知の方もいらっしゃると思いますが、絵本のあらすじはこうです。静かな田舎に「ちいさいおうち」がたっていました。やがて道路ができ高いビルがたち、まわりがにぎやかな町になるにつれて、「ちいさいおうち」は、
ひなぎくの花がさく丘をなつかしく思うのでした。――そして、すっかりみすぼらしくなってしまった「ちいさいおうち」が引っ越しをして、再び昔のような穏やかで、しあわせな日々が戻ってきたとき、「ちいさいおうち」にも命が注がれたことを喜びました。どんなに便利な社会になっても、朝日が部屋に差し込み、夜は静かに星を眺めながらねむる。季節の移ろいを肌で感じられることが、なんて素晴らしいのだと気づかせてくれる絵本です。孫にも読んであげています。
岩波書店<岩波の子どもの本>
町田地区保護司会 町田分区 杉山 勲
思い起こせば、何も考えずに入学していた。 最初の大学は付属高校からの、俗に言うエスカレーターで入った。入った学科も高校の中で「あいつはここの学科に行く」見たいな雰囲気があって、それに乗っかった感じで何も考えてはいなかったです。今ではやっていないと思うが、2年~3年次は授業が終わる時間が夜の8時過ぎ、それが月曜ら金曜まで続くという修行状態。よく続いたなと思うが、好きな実験の授業だったからだと思っている。
次は、通信制の大学に入学。入学金が割引で入れたから。副教科を手元に置いて、講座によってテレビやラジオを視聴するので、自宅で録音・録画した物を聴いたり見たりもした。超人的な数の授業を取っている人もいてすごいなと思いましたが、多分、授業は聴いていないと思う。仕事をしている私にはとても無理です。受けたい授業が有ったので入り直しました。体育の授業は有ったのですが、仕事等で受講できない人のために認定した団体の講座に参加して証明書を提出でもOKということで、大学の掲示板に講座の案内があり「ヨット」「パラグライダー」「ボウリング」等様々なものがありました。考えたつもりだったのですが、1番考えずに入ったのが、美術大学でした。通信制なので、自宅で作品を作らないといけないことを全く考えてなかった、そもそもの間違いでした。スクーリングが抽選で受講できなかったり、途中から専攻とは全く関係の無い授業に嵌まったりして面白そうな授業を取ることに熱中したため、満期退学。
今でも、他の美術大学の一般向け講座に参加して、自分の見どころ探しをしています。
西多摩地区保護司会 あきる野分区 岡部秀敏
令和6年1月1日(月)「令和6年能登半島地震」が発生し多くの人々が被災されました。心からお見舞いを申し上げます。
平成7年1月17日には「阪神・淡路大震災」が発生し、平成23年3月11日には「東日本大震災」が発生しました。日本は、その経験をも踏まえ能登半島地震への対応が行われていると感じています。マスコミの報道を見ていると、二つの災害を含め過去にあった災害の経験をも超える対策が求められていると感じます。対策に携わっているすべての人々に敬意を感じています。
しかし、日がたつにつれ不心得な行動をする人がいるという報道に触れることがあり憤りを覚えます。自分の家族との話の中でも「そのような人の気持ちが理解できない。」という話をしています。
さて、70歳を超えた自分に今何ができるかと思うとき、日常の中で「自分が自分できることを懸命にやること、人に迷惑をかけないように生きること」だと思います。自分の人生を振り返ると「与えられた時に、与えられて事を」懸命にやることで生かされてきたのではないかとつくづく思います。
今は、保護司として対象者と向き合う時間がその時間だと思います。向き合う時間は懸命に向き合っています。しかし、懸命に向き合うとき「心の安らぎ」が必要だと思っています。災害にあわれた皆さんも「安らぎの場」が必要ではないかと思います。時間はかかると思いますが早く「安らぎの場」が持つことができ、新たな生活が始めることができるように祈るばかりです。
日野・多摩・稲城地区保護司会 日野分区 谷和彦
日野市では、令和5年度から令和9年度までを計画期間とする第2次スポーツ推進計画がスタートしました。
「誰でもスポーツに取り組みやすいまち」を基本理念とし、市民一人ひとりが主体的に取り組めるスポーツ環境の充実を目指しています。
また、目標 の1番目として成人の週1回のスポーツ実施率を 58.4%から70%に、これは週 1 回以上のスポーツ実施率が、東京都の掲げる世界トップレベルの 70%となることを目指しています。
スポーツは、まちづくりや健康、さらには文化的水準を上げることにもつながります。歩きたくなる「まち」の形成、都市基盤づくりを行うことにより、その「まち」の価値を上げると共に、スポーツ実施率の向上、健康寿命の延伸、医療費の削減につながります。
町田地区保護司会 南分区 鈴木 忠
この8月をもって保護司を退任されたK氏は、拝命する以前から知人弁護士の依頼で、施設を出ても行先の無い人に「衣食住+仕事」を提供していました。町田地区保護司会の中に協力事業主会ができた時には、率先してこの事業に参加し、会の役職にも全力で尽力されていました。
ある日の夕方、K氏の会社(建設業)に20歳くらいの対象者が来ました。3時間に及んだ面接で対象者は、K氏や担当保護司に対しても殊勝に素直な受け答えをしていました。ところが一夜明けたら、高額な会社の機器を持ち出して行方不明になってしまいました。その業務に必要な機械は、八方手を尽くして買戻しをしましたが、2重の損害だと話していました。このような事案の時の賠償制度もご存じのK氏ではありましたが、多忙な業務の中での賠償申請には二の足を踏んで「仕事を頑張ってその分を取り戻す」と前向きに笑顔で語っていました。その姿は、今も脳裏に鮮やかです。
協力事業主制度は、対象者にとって再犯防止のために必要な制度です。その運用には、しっかりと個々の対象者とその事業所に寄り添った形で進めることが大事で、各分野の専門家のアドバイスとネットワークは、この制度のさらなる発展につながると思います。
K氏は今、北の大地で日本のビッグプロジェクトにその手腕を発揮すべく新たな奮闘を開始されました。
健康第一に頑張っていただきたく、南の地からエールを送る次第です。
府中地区保護司会 住﨑 岩衛
実家は農家で市内に畑と多摩市和田に雑木林があった。H13年父が他界し、相続発生し、企業を退社し相続に向かいあった。
雑木林が1.1ヘクタール超えの里山評価額を調べると路線価19万8千円。私が相続すると開発を前提に相続することになり、江戸時代から続く里山を今の姿のまま残す策は、行政に寄付をする答えのみであった。当時は、京都議定書が議論され採択された時代であった。
寄付に至る前に国・都の緑地保全策を調べたが、今の雑木林の姿を残す仕組みは何一つ無く、多摩市長を訪ね「農家の維持管理を継承する条件」で寄付に至った(諸経費も自己負担)。
行政に雑木林を寄付することで相続税は免除される。2004年多摩市で開かれた全国雑木林会議(多摩市・町田市・稲城市・八王子市・川崎市・横浜市・日野市)の「里山の法と整備」分科会で、パネラーを担当し里山保全をする上で、法整備が無い現状を説いた。
私は、H14年から建築事務所と農業の二足の草鞋を履き続けている。農家の基本である土づくり「雑木林のくず掃き・里山保全啓発活動」を毎年続け、今年で22年を迎える。江戸時代から続く雑木林の恵みを、畑に循環を続けている。「なな山緑地の会」は会発足からT会長・A副会長を始め会員の皆様、公園緑地課K主査の協力があって、20年間活動が続いている。雑木林は環境学習の場であり、多くの方々に愛されている。最近の環境学習では、府中市民支援センタープラッツの紹介で、明星学苑小学5年生100名、早稲田大学のOB・OGが20名の皆さんと、環境学習を開催した。