北多摩北地区保護司 小平分区 前田保正
保護観察ということで初めての面接に訪れるまだ若い対象者の心中を慮ってみることから彼との巡り合いがはじまります。楽しく嬉しい気持ちで訪れることはないでしょうね。脛に疵を持つ身の心境は思いも掛けない追及を受けるのではないかと心身開放されないものを引き摺って、まだ何の接触もないうちから早く終わりたい雰囲気を窺わせています。
ちょっと以前に巡り合った対象者は、毎回の面接は私と密接な連係を取る彼の母親が同行する形式で始まりました。面接の初回から三、四か月の間、返答は俯いたまま言葉を発することなく視線も合わさない状態が続き私も困惑の極みでした。しかし対象者が自ら言葉を交わす気持ちになるのを待つことで進展させていましたし、私は君の人生の応援者であるということを毎回様々に語り伝えていました。
ある時、面接の部屋に我が家に長年飼われている猫が現れ、彼に擦り寄り膝に乗ったところ、彼は笑顔こそありませんでしたが急にちょっと照れ臭そうな表情を見せ、猫の背を撫でながら猫の話題をきっかけに話が進展しました。その後の来訪は一人で行うものの遅刻もなく、以前の黙して語らずの姿勢は徐々に和らいでいきました。
とある面接予定日、待てど暮せど彼は現れません。夕刻、私が自宅庭の樹々に水遣りをしていたところ、背中にトントンと合図、振り向くとそこにワイシャツ姿で汗びっしょりの彼がおりました。今までになかった眼の輝き、落ち着いた声で今朝からの出来事を自ら語り始めました。
その後の面接は、来訪するとまず猫を撫でながら日常の会話から始まり、好きな食べ物、趣味のこと、家庭のこと、さらには人生や命のことなど一時間の約束時間はあっという間に過ぎるものでした。
保護観察は解除に至り、解除通知は笑顔と握手で渡しました。その後の彼の消息を知ることは出来ませんが、彼の自宅近所を通る時、人生の無事を祈るのみです。
保護司と対象者との出合いは人と人との温もりの距離の巡り合いとして互いに感謝の出来得るものがあってしかるべきと考えたいものです。